takatan blog

The roam diary of forest road by serow225

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

所縁ある浜居場城跡探索Vol.2  

探索日:2014年07月13日


浜居場城跡を求めて内山林道を登り、セントラル広場までやってきました。
ここから更に高度を上げていきます。



広場から先は霧が濃くなってきました。



路面は簡易コンクリ舗装になっています。



ここは勾配がキツい為、コンクリ舗装にしたんでしょうね。
みるみる高度を上げていきます。



急勾配の左手に開設して間もなさそうな脇道がありました。



トラロープが張ってあります。
入ってみましたが、100m程度で終点でした。



気を取り直して更に急勾配を上がると、左側に最近設置したばかりと思われる矢倉沢無線中継所が建っていました。



この時点では何も表記も無く、携帯電話の電波塔か無線中継所かなと思っていましたが、この記事を書いた時にはGoogleマップに矢倉沢無線中継所と記載がありました。
201504151237281d9.jpg


Yahoo地図では2015年4月時点でも無線中継所はまだ存在していません。探索日に見たGoogleマップもこんな感じでしたが、今回Googleマップを見るとしっかりと無線中継所が写っています。Yahooは地図の更新が遅いんですね。
20150415122936e7a.jpg


無線中継所の前には簡易的なチェーンゲートがありました。



失礼して矢倉岳方面へ向けて更に進みます。



急勾配を登り切った所にセロー君を停めます。



コンクリート舗装はここで終わりのようです。
ここは、林道三叉路になっています。
201504141143310d4.jpg


左側にはダートが続いています。
Resize_IMG_3670.jpg


右側にも急勾配のダブルトラックのダートが続いています。
Resize_IMG_3671.jpg


三叉路の全景です。
Resize_IMG_3672.jpg


まずは、右側のダブルトラックを登って行く事に。
Resize_IMG_3673.jpg


すると、登り切った所に看板が立っていました。
Resize_IMG_3674.jpg


ここが、浜居場城跡です。
201504141143326c7.jpg


浜居場城の歴史について説明されていました。
やはりこの城は、この道を守る為のものだったようです。
Resize_IMG_3675.jpg


古人はどんな風景を見ていたのでしょうか。
まぁ、最もこの内山から足柄峠へのルートは当時、通行禁止にされていたようですから、ここに来る者もそう多くはなかったのかもしれませんが…。
Resize_IMG_3679.jpg


今、立っている辺りが主郭で、その先に平坦地が拡がるのが判ります。
主郭の周囲は空堀跡が地形的に何となく確認でき、不自然な窪地として認識できますが、意識していないと見過ごしてしまいそうです。
20150414104051c2f.jpg
小田原市史 別編 城郭 浜居場城遺構略測図より借用


今はアオキなどの低木が繁茂し、地形を認識しづらい状況ですが、かつてここには城郭があったんですね。
写真中央辺りが西郭、中央やや右側辺りが櫓台の跡だったようです。
Resize_IMG_3678.jpg


史跡 浜居場城跡と書かれた標柱が朽ちかけていました。
Resize_IMG_3681.jpg


幻想的な世界に現代のカモシカが溶け込んでいます。
古来のカモシカもこんな風に姿を現していたのでしょうか。
Resize_IMG_3682.jpg


西郭から先は下り基調になります。
Resize_IMG_3680.jpg


風が時折強くなり、ますます霧が濃くなるとより一層幻想的な風景になりました。
…が、同時に狐につままれたような恐怖感もあります。
Resize_IMG_3683.jpg


下り切ったこの辺りが西尾根の堀切の跡のようです。
Resize_IMG_3684.jpg


道は再び登り基調になります。
Resize_IMG_3685.jpg


急勾配を登ってみました。
Resize_IMG_3686.jpg


しかし、先程まで降っていた雨で湿っている為、なかなかグリップしません。
Resize_IMG_3687.jpg


もう少し先に進んでみましたが、地面がフカフカで全くグリップしません。
20150414114334035.jpg


この辺りからは、ダブルトラックからシングルダートになります。
Resize_IMG_3689.jpg


霧が濃くなったり、薄くなったりと変な天気です。
Resize_IMG_3692.jpg


ここからは、セロー君を置いて歩いてみます。
Resize_IMG_3694.jpg


MXブーツなので、正直、登山はキツいですが、せっかくここまで来たので気合いでこの先の状況を確認してみます。
Resize_IMG_3693.jpg


するとすぐに平面な場所へと出ました。
Resize_IMG_3695.jpg


先程からよく見かけた看板が立っています。
Resize_IMG_3696.jpg


風に吹かれて霧が木々の間を縫って流れていくのが分かりました。
Resize_IMG_3698.jpg


この先もまだまだ行けそうでしたが、戻るのが大変になるのでここで内山-足柄峠ルートの探索を終えました。
Resize_IMG_3697.jpg


まだ先があるだけに非常に残念ですが、またの機会に。
Resize_IMG_3699.jpg


誰一人居ない城山のピークで自然と一体になりながら濃霧の幻想的なアートに包まれてみるのも悪くないですね。
Resize_IMG_3705.jpg


所縁ある浜居場城跡探索Vol.3へ続く
スポンサーサイト

Posted on 2015/04/15 Wed. 21:45 [edit]

category: 林道

thread: オフロードバイク関連 - janre: 車・バイク

tb: 0   cm: 6

コメント

見応えありますね。

自分で行った時は、無線中継所前の簡易チェーンまででした。
基本的にゲート、チェーンはスルーしないので、その先は気になっていても入らずに戻って来ます。
三差路があったり、シングルトラックの先が平坦路だったりと、引き返した事を少し後悔しています。
この頃は、タイヤはかなり減っていた頃だったのではないでしょうか?
セローではなく、かっき~さんの走破性に驚かせれます。

URL | チェッチェッチェロー #-
2015/04/15 22:13 | edit

チェッチェッチェローさん

コメントありがとうございます。
すみません、探検心旺盛なもので…。つい入ってしまいました。

>この頃は、タイヤはかなり減っていた頃だったのではないでしょうか?
おっしゃる通り、タイヤの山はほとんどありませんでした。なので、ダートを乗車して空転させれば貴重な史跡に傷を付ける事になりかねないので、三叉路からはバイクを降りて押しながら歩きました。実は、最後の平坦路まで行く前にセローを押すのに疲れ果てたので歩いて先を進んだのが本当の理由です。汗ダクでした…(^^;)

URL | かっき〜 #-
2015/04/15 23:21 | edit

こんにちは。

見応えのある記事ですね!
歴史を探索するツー記事は楽しいですね。
次回作も期待しています(^^)/

幻想的な林の中にたたずむ現代のカモシカと、最後の林を見上げる写真イイですねぇ
私も真似させてもらいます<m(__)m>

URL | 中性脂肪600 #-
2015/04/16 12:53 | edit

Re: タイトルなし

中性脂肪600さん

こんばんは。
> 歴史を探索するツー記事は楽しいですね。
林道を走っていると、色んな史跡や遺構などを目にする機会が多く、その土地の歴史を感じますよね。
過去があり今があるわけですし、その土地に感謝しながら走らせてもらってます。

> 幻想的な林の中にたたずむ現代のカモシカと、最後の林を見上げる写真イイですねぇ
> 私も真似させてもらいます<m(__)m>
ぜひぜひ真似してみて下さい。
中性脂肪600さんの写真はいつも綺麗なシーンが多くて羨ましい限りです。きっと画になるでしょうね。楽しみにしてます(^^)

URL | かっき〜 #-
2015/04/16 21:51 | edit

浜居場城跡

霧の中の幻想的な風景、とてもいいですね!
後北条氏の浜居場城、山城って色々なところにありますね。
その時代は空は使えませんから、道を抑えることは重要だったんでしょうね。

神奈川も、豪族を見てみると地名になっている氏族が沢山あったりして、こういう場所を知るととても面白いです。林道散策しながら、見つけると更に楽しさ倍増ですね。

URL | ラオ #9K64Lzaw
2015/04/16 22:09 | edit

Re: 浜居場城跡

ラオさん

> その時代は空は使えませんから、道を抑えることは重要だったんでしょうね。
そうですね。表向きには足柄街道(後の矢倉沢往還)がありましたが、今回ご紹介した内山ルートは、抜け道的なルートだったようで、そこを通行する者は小田原藩へ通告させられた上に、重罪とみなされたようです。その掟の事をはまいば掟といったようです。
昔の人はみんな生きるのに必死だったんでしょうね。

URL | かっき〜 #-
2015/04/16 22:51 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://forestroad.blog.fc2.com/tb.php/58-96276822
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

フリーエリア

フリーエリア

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード


▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。